歴史民俗資料館常設展示


弥生時代 ─ 天王山式土器の世界 ─
 今から約2千300年前、大陸から稲作農耕をはじめとして、金属器や織物を持った新しい文化が伝えられました。これらの文化に特色づけられる時代は弥生時代と呼ばれ、人々の生活は、縄文時代以来の狩猟や採集を中心とする生活から、稲作などの農耕を中心とする生活へと大きく変化していきます。
 市内で確認されている弥生時代の遺跡は比較的少数ですが、天王山遺跡(久田野字豆柄山)においては、昭和25年に行われた発掘調査の際に、多量の土器や石器、管玉、炭化した米・栗・クルミなどが出土しています。天王山遺跡から出土した土器は、調査当時、同じ特徴を持つ土器の出土例がほかになく、「天王山式」土器と命名されました。天王山式土器は、その後、周辺の地域で出土例が増えるにつれ、弥生時代後期(紀元3世紀ごろ)の東北地方南部地域の土器の標識資料となり、現在では、東北地方南部を中心として、東北全域と北関東・北陸を含む広い範囲に分布することが明らかとなっています。天王山遺跡の性格については、まつりの場や、*高地性集落など諸説があり、十分に解明されていない部分も残っていますが、弥生時代後期の白河、ひいては東北地方南部の地域史を解く鍵を握る遺跡の一つです。
(教育委員会文化課 石井洋光)
*高地性集落=争いに備え、丘の上に作られたムラ

天王山遺跡遠景
天王山遺跡は、ふもとの久保集落より80メートルほど高い、眺望の利く山頂部に営まれた遺跡です。

遺物出土状況写真(昭和25年)
複数の土器が意図的に並べられた状態で出土しています。このような土器のまとまりは数か所で確認されています。



注口土器
(下図中の土器A)




(下図中の土器B)

台付鉢

高杯


←遺物出土状況図(昭和25年作成)
倒れた土器から炭化米がこぼれたような状況で出土しています。
周囲からは焼土とともに炭化した粟なども発見されています。


天王山式土器
天王山遺跡から出土した土器の一部です。
天王山式土器には、壺、甕、鉢、高杯、注口土器などがあります。

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