
| このシリーズでは、平成11年5月22日より6月20日まで開催した 特別展「白河を駆け抜けた作家たち」で展示した作品を紹介しています。 |
![]() 『群鶴図』(ぐんかくず) 文政7年(1824)絹本著色 40.7cmX55.5cm 個人蔵 |
−星野 文良(ほしのぶんりょう)−(1781〜1829?) 海辺の松の根にたたずむ4羽の鶴と、上方からそこに向 かって舞い降りようとする3羽の鶴が描かれています。この海 ・松・鶴をモチーフとした画は、「海鶴遐齢」(かいかくかれい)という永久(とわ)= 長寿を意味する吉祥画で、古来から人々に好まれ、多く描 かれた画題の一つです。 本作品は、白河藩絵師であった星野文良が文政7年(1824)、 江戸八丁堀の藩邸で描いたものと推定されます。 文良は、天明元年(1781)に白河城下に生まれ、幼少の ころより画を好み、名を唯実、通称善輔といい、文良のほ かに爽軒・甲子山人とも号しています。その画技は、白河 藩絵師の久松(服部)南湖・大野文泉(巨野泉祐)(おおのせんゆう)に学び、 その後16歳(寛政8年)で江戸の白河藩邸に移ってから は、定信の命で谷文晁(たにぶんちょう)に入門しています。 享和3年(1803)には、文晁による絵巻の欠巻部分の補作 事業に供するため、近江石山寺で「石山寺縁起絵巻」の模 本制作を岡本茲弉(じそう)・蒲生羅漢(がもうらかん)などとともに行っています。 また市の重要文化財に指定される「南湖名勝図并(ならびに)詩歌」に納められる南湖真景図をはじめとする、各地の真景図を数 多く作成するなど、文晁一派の絵師として定信の行った文 化事業に深く関わっています。 文晁から文の一字を譲られた文良の作品からは、人物画 ・山水画・真景図・花鳥画・大和絵など、本格的な画技がうかがえます。 〜歴史民俗資料館学芸員 加藤純子〜 |