
| このシリーズでは、平成11年5月22日より6月20日まで開催した 特別展「白河を駆け抜けた作家たち」で展示した作品を紹介しています。 |
![]() 『月中之龍図』 文化3年(1806)絹本著色 106.6cmX48.45cm 桑名市照源寺蔵 |
大野文泉(おおのぶんせん)(巨野泉祐=おおのせんゆう)−(1774〜1837) 夜空に浮かぶ龍の住む満月、風にたなびく雲が、濃紺で彩 色された絹地の画面上に金泥で描かれています。紺と金の絶 妙な配色が、幽玄なる神秘さを演出しています。 この絵は、文化3年(1806)に白河藩絵師であった大野文泉 が藩主松平定信の命によって描いたものです。画面上部には 定信の賛文と和歌が添えられていますが、賛文には、享和3 年(1803)の12月13日の夜に月食がおこり、これを見た定信は 月に住む龍の夢をみて、描かせたとあります。 大野文泉は、白河蓮士大野斗内(とない)の子として安永3年(1774) に白河城下に生まれ、16歳の時に藩に仕官し、絵画御用にかかわりながら、寛政10年(1798)には26歳で藩絵師を仰せ付けられています。以後定信の命により『集古十種』の資料収集 のため、畿内・山陽道・四国をはじめとする諸国を遊歴する などのほか、定信が造園した南湖・三郭四園などの庭園風景 (真景図)の作成、小峰城内の障壁画、肖像画の制作などに活 躍しています。また、文化8年(1811)には幕府の儒学者林述 斎(じゅつさい)に随伴して対馬(長崎県)で朝鮮通信使の対応にあたり、 往来の真景図を作成しています。この通信使応対を期に名前 を大野文泉から巨野泉祐と改めています。文政6年(1823)の 久松家の桑名(三重県)への国替えに伴い、文泉も同地へ移 り天保8年(1837)に64歳で没しています。 〜歴史民俗資料館学芸員 佐川庄司〜 |