
| このシリーズでは、平成11年5月22日より6月20日まで開催した 特別展「白河を駆け抜けた作家たち」で展示した作品を紹介しています。 |
![]() 『伊勢物語図屏風』 紙本著色・六曲一隻(ろっきょくいっせき) 150.0cmX343.2cm 白河市歴史民俗資料館蔵 (故斉藤貞一郎氏寄贈品) |
−高久隆古(たかく りゅうこ)−(1810〜1858) 金箔(きんぱく)で装飾されたまばゆいばかりの霞(かすみ)の奥には山中の景色が広がっています。その中央の細道には公家(くげ)らしい装束の男と従者が心細そうに歩いています。注意深く左上方の山中に目を移すと一人の山伏(修験者しゅげんじゃ)が坂道を下っており、その途中での出会いを暗示させています。画面全体からは、大和絵(やまとえ)特有の雅(みやび)で装飾的な雰囲気が醸し出されています。 この屏風は、江戸時代末期の絵師高久隆古によって描かれたもので、平安時代を代表する歌物語『伊勢物語』の第九段「宇津(うづ)の山」の場面を画題とした作品です。物語の内容は、主人公の貴族(在原業平(ありわらのなりひら)といわれる)が旅の途中、従者と駿河(するが)の国の宇津の山まで来たものの、山道は暗く険しい上に、蔦(つた)や楓(かえで)が茂って心細い。偶然にもその場所で都の知人であった山伏と出会い、「駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり」という和歌を、都の恋人に届けてくれるよう託して別れたというものです。高久隆盲は、阿部家の国家老川勝隆任(くにがろうかわかつたかとう)の子として文化7年(1810)に忍城下(おしじょうか)(埼玉県行田市)に生まれていますが、文政6年(1823)藩主である阿部家が白河へ国替えになったことに伴い、隆古も白河に移り住んでいます。隆古は幼少より絵を好み、特に大和絵の画法を学ぶため18歳のころから約10年間江戸から京都、そして名古屋に赴いています。その後画才を認められ、巨匠・谷文晁(たにぶんちょう)の高弟・高久靄崖(あいがい)の名跡を継いで、江戸画壇(がだん)で活躍しましたが、安政5年(1858)49歳の若さで没しています。 〜歴史民俗資料館学芸員 佐川庄司〜 |
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