
| このシリーズでは、平成11年5月22日より6月20日まで開催した 特別展「白河を駆け抜けた作家たち」で展示した作品を紹介しています。 |
|
−松平定信−(1758〜1829) 松平定信は、御三卿田安宗武の七男として、今から 約240年前の宝暦8年に生まれています。 8代将軍吉宗の孫にあたり、17歳の時白河藩松平家の 養子となり、26歳で白河藩主となっています。そして 30歳で幕府老中首座となり、「寛政の改革」を断行す るなど幕政改革を行っていますが、36歳の時には老中 職を辞任しています。以後、白河藩政に専念する傍ら、 『集古十種』の編さんなど様々な文化事業を行いなが ら、谷文晁や亜欧堂田善をはじめとする多くの画人たち を育て活用しています。 定信自身の画事は、生家である田安家において12、 3歳のころより狩野派の絵画を学び、後に田安家家臣山 本又三郎(源鸞卿=げんらんきょう)から花鳥画を、主 たる画題として写生的な絵を描く長崎派(南蘋画=なん ぴんが)の画法を、学んだと伝えられています。当時の 江戸画壇には既成画派として官学的狩野派と浮世絵派が 存在していましたが、新たに紹介された唐(清)絵であ る南蘋画は、江戸に瞬く間に広がり、幅広い影響を多く の画人や大名に与えています。 「柳に白鷺図」は、安永9年(1780)定信23歳の 時の作品ですが、南蘋画の特徴をよく示している作品です。 水辺に群がる白鷺や柳の幹には写生的陰影が施され、柳の 葉は緑色の濃淡で遠近感が表されています。さらに、柳の 左側背景には淡彩が施され、雲と空の表現法が見られます。 大名の余技的絵画作品としては、巧みな技量を示しており、 定信の幅広い素養の一端をかいま見ることができます。 〜歴史民俗資料館学芸員 佐川庄司 |
![]() 『柳に白鷺図(しらさぎず)』 安永9年(1780)松平定信筆 桑名市博物館蔵 |