
| このシリーズでは、平成11年5月22日より6月20日まで開催した 特別展「白河を駆け抜けた作家たち」で展示した作品を紹介しています。 |
![]() 『白河楽翁下屋敷真景図 (しらかわらくおうしもやしきしんけいず)』 寛政6年(1794) 紙本墨画 28.5センチ×25.0センチ 白河市歴史民俗資料館蔵 (故斎藤貞一郎氏寄贈品) |
−谷 文晁(たに ぶんちょう)−(1763〜1840) 白河小峰城下の西に屏風のようにそびえる那須連邦の 山並みが画面上部に描かれ、その下には池・瀧・八橋・ 茶亭・松林などの庭園風景が俯瞰的(ふかんてき)に描かれて います。連山の茶臼岳などには冠雪もみられます。小画面 ながら、西洋的リアリズムである遠近・陰影の技法を加味 しながら描かれた幽玄なる水墨画作品です。 本作品は、白河藩主松平定信のお抱え絵師であった谷 文晁が寛政6年(1794)10月に小峰城三の丸にあった 彼のアトリエ「小峰山房(こみねさんぼう)」で描いた作品です。 描かれているのは、主君定信の白河での住居である三の丸 御殿に築造されていた「三郭四園(さんかくしえん)」と呼ばれる 庭園風景です。三郭四園は、現在の白河市郭内の宝酒造 白河工場付近に所在していたものです。 文晁は、江戸時代後期の近世絵画史を代表する画家で、 当時の関東画壇を先導していた大御所的存在でした。彼は、 江戸の画塾「写山桜(しゃざんろう)」で多数の門弟を抱え、 渡辺崋山(わたなべかざん)・高久靄(たかくあいがい)などの 著名な画家を輩出しています。この文晁と定信は生涯にわたって 親交していますが、そんな関係で文晁は白河を訪れるばかり でなく、「小峰山房」というアトリエを構えていたのです。 文晁の画業は、前期の寛政文晁期・中期の画風転換期・ 後期の烏文晁期とほぼ3期に画風を変化させながら展開 していますが、本作品は寛政文晁期を代表する優品といえる ものです。また、白河と文晁を象徴する作品でもあります。 〜歴史民俗資料館学芸員 佐川庄司 |