シリーズ1

− 「 兼六園扁額(けんろくえんへんがく) 」 −



兼六園扁額 兼六園扁額
松平定信筆
文政5年(1822)
石川県所蔵 107.0cmX275.0cm

石川県金沢市に所在する名勝「兼六園」の園名は、白河藩主で幕府老中を務めた松平定信(白河楽翁(らくおう)が加賀藩主前田斉広(なりなが)の依頼により命名したものです。石川県立伝統産業工芸館に定信揮毫(きごう)による「兼六園扁額」が伝存していますが、もと兼六園正面の連池門(れんちもん)に懸けられていたものです。中国宋(そう)時代の『落陽名園記』(らくようめいえんき)には宏大・幽邃(ゆうすい)・人力(じんりょく)・蒼古(そうこ)・水泉(すいせん)・眺望(ちょうぼう)の六勝を兼ねることが理想的な作庭であると記され、定信はこれを引用して兼六園の名を付けたといいます。定信晩年の65歳(文政5年)の時の命名です。

定信は、その生涯に江戸(東京都)と白河に5つの庭園を作庭した大名であり、当時
の諸大名の中でも際だった庭園家としての顔もあわせ持っていました。この5つの庭園とは江戸築地の「浴恩園」(よくおんえん)、大塚の「六園」(りくえん)、深川の「海荘」(はまやしき)、白河には小峰城内の「三郭四園」(さんかくしえん)、そして唯一現存する白河の国指定史跡及び名勝「南湖公園」です。江戸時代をとおして大名が屋敷の中に庭園を造ることは一般的でしたが、一代の間に5つの造園を行った大名は定信ただ一人と言って良いでしょう。
このようなことから、加賀前田家から兼六園の命名を依頼され、「兼六園扁額」の額字を揮毫したのです。


揮毫(きごう)・・・筆をふるって文字や絵をかくこと
歴史民俗資料館学芸員 佐川庄司
       
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