シリーズ2

− 「 奥州白河南湖真景北面之図 」 −

奥州白河南湖真景北面之図
原画 岡本茲奘(しそう) 天保11年(1840)
51.0cmX167.0cm 国立国会図書館所蔵

松平定信(白河楽翁)は、江戸と白河に5つの庭園を造園し、当時の諸大名の中でも際立った庭園家として知られていました。
「南湖」は、定信の造園にかかる唯一現存する庭園で、今からちょうど200年前の享和元年(1801)に完成した日本最初の公園といわれるものです。当時の大名庭園が城内または別邸という囲われた空間に造園されているのに対し、南湖にはこれを取り囲む「柵(さく)」や「塀」が当初から作られませんでした。厳格であった士農工商の身分制度にかかわらず、だれでもこの地に入ることができ、望めば湖に舟を浮かペ、風景を堪能することができたのです。また、御茶屋「共楽亭」は、当時の建築の常識を破り、一切の敷居が作られず、身分の違いによる敷居越しの対面を意図的に否定した思想が反映されています。これらのことから「南湖」は
定信の「共に楽しむ」という「共楽」の思想に基づいた庭園であり、日本における「公園・パブリックガーデン」の先駆とみなされています。
「奥州白河南湖真景北面之図」は、南湖が造園されてから15年後(文化13年・1816)の景観を描いたものです。画面右端は「月待山」で、中央には「鏡の山」とその裾野に建つ「共楽亭」、さらにその左方向には南湖造営と共に開かれた新田と奥州街道の杉並木が描かれています。そして画面中央から左側に描かれる連山は、南湖の借景の一つである那須連峰です。また、現在では失われた「下根の島」が湖面右端に描かれています。
この絵画作品から、南湖を取りまく景観が今も200年前も基本的に変わらぬ事がうかがえます。

歴史民俗資料館学芸員 佐川庄司
       
前ページへ