シリーズ3
原画 岡本茲奘(しそう) 天保12年(1841)46.2cmX163.4cm 国立国会図書館所蔵 |
| 松平定信(白河楽翁)は、幕府老中を辞任した翌年の寛政6年(1794)に白河に帰藩していますが、この年から白河小峰城三の丸に下屋敷御殿の造営とともに、「三郭四園」(別名「不諠斎園)と呼ばれた池泉回遊示大名庭園を造園しています。 現在の白河駅北側の県南保健所付近から宝酒造白河工場一帯を含む約1万6千坪がこの跡地にほぼ相当し、規模的には江戸築地の下屋敷に造園された「浴恩園」とほぼ同じ広さを持っていました。定信自身の指揮のもとに、自然地形の高低差や「中ノ沢」と呼ばれた湿地の地形を利用し、池をさらい、山を築き、樹木を植え、池の周囲に茶亭を設けるなどして4年の歳月を経て完成させたといわれています。東園・西園・南園から構成された庭内には32の景勝地が見立てられ、その勝地ごとに詩文と和歌が詠まれるなどの文学的趣向は、 |
南湖や浴恩園などとも共通するところです。 掲載の写真は、この庭園を北面と南面に分割して描いたうちの北面の図です。霞引き上部の鎮護神山のうっそうとした樹木を背景に、左側(西園)に下屋敷の茅葺きの御殿が描かれ、その右側(東園)には池泉を中心として梅林、孟宗竹、松、柳、桜、楓、萩など様々な樹木が植栽され、茶亭も諸処に設けられている様子が描かれています。池に月が写ったように描かれているのは「得月池」という池泉名によるもので、旋回するように鳥の群が描かれるのは、晩秋から冬にかけてこの地に飛来した千鳥を定信がことのほか愛でたことによるものです。 下屋敷・・・控えの屋敷。別邸。 教育委員会文化課学芸員 佐川庄司 |