シリーズ8 | −『 清 香 画 譜(せいこうがふ)』− | 文政5年(1822)ごろ 30.6cmX1620.7cm 天理大学付属天理図書館蔵 |
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| 松平定信は、文化9年(1812)に55歳で家督を嫡子である定永に譲り、72歳で没するまで江戸築地に設けられた庭園「浴恩園」(よくおんえん)を生活の場として暮らしました。浴恩園での生活は、日に3度の園内巡りのほかに、大抵は机に向かい、物を書いたり読書などをしていたといいます。春は花を愛で、秋は紅葉に遊ぶという日々の暮らしの中で、定信は「楽翁」(らくおう)のほかに自らを「花月」(かげつ)とか「風月」(ふうげつ)と号しています。 浴恩園内には、様々な種類の草花が植えられていましたが、定信はこれらを植物画譜という絵画によって記録しています。その数、桜花125種、梅花162種、桃花36種、蓮(はす)63種、草木250種が色鮮やかな写生画で描かれ、すべてに |
定信自筆にて品種名が注記され、定信が花々をいかに博物学的な視点で観察していたかを知ることができます。中でも、蓮の写生画である「清香画譜」は定信が自ら描いたと推定されるもので、蓮に並々ならぬ関心を持っていたことがうかがわれます。蓮の研究で有名な大賀博士もこれを江戸時代最良の蓮の画諸として模本制作を行っています。 「清香画譜」をはじめとする、これらの植物画譜は、定信の手がけた庭園の植物を伝え、さらには園内の百花繚乱(ひゃっかりょうらん)の様子を今に伝えています。 教育委員会文化課学芸員 佐川庄司 |